明治座:菊之助、勘九郎、七之助の花形歌舞伎(昼の部)
久しぶりの「明治座」で、気分がウキウキします。
通り沿いの桜も、最後の花びらが花吹雪となって風に舞っています。

最初の演目、『芦屋道満大内鑑:葛の葉』では、中村七之助が白狐が化けた女房・葛の葉と、本物の葛の葉姫の二役を勤めています。狐でありながら人間である保名を愛してしまった悲しみや子別れの辛さなどを情愛豊かな表現で演じ、女房と赤姫の二役を早替わりで魅せる舞台。女方としては、仕どころの多い魅力的な演目です。
見せ場の一つに、障子に大筆を使って夫の保名に書きおきの歌を書く場面があります。裏文字を書くとか、左手や口で筆を使うなど技の見せ所となっています。観客の前で実際に筆を持って、障子に書いてゆくのは緊張感もあってなかなか見応えがあります。「七之助も随分頑張っているなぁ〜!」と感じさせます。七之助の成長がうかがえる舞台です。
二つ目の演目『末広がり』:大名に婚礼に使う末広がり(扇子)を買って来るように命じられた太郎冠者(中村勘九郎)が、商人に都では末広がりとは傘のことだと騙され傘を売りつけられます。これは「末広がり」でないと怒る大名に、都で教わった小舞を囃しながら踊る、面白おかしい狂言舞台です。
踊りも巧く、ひょうきんな演技は父親譲りの勘九郎にはピッタリの役で、気楽に楽しめる舞台です。ただ気になったのが、勘九郎がまた一段と痩せてしまったことです。頬がこけてゲッソリとしているのが、とても心配です。
三つ目の演目『女殺油地獄』は、昼の部一番の見所の演目です。近松門左衛門が実話を脚色したもので、人気演目の一つになっています。油商人の河内屋与兵衛(尾上菊之助)は、放蕩の限りを尽くし、借金の返済に困り、同業の豊島屋女房お吉(七之助)に借財を頼みにいきますが断られ、殺してしまうという物語です。
菊之助の与兵衛が、素晴らしいです。勝手気ままに生きる放蕩息子の心根が透けて見えるような表現と、お金を貸しくれないお吉に対する怒りが狂気へと変わってゆく心情を見事に表現しています。鬼気迫る凄みがオーラのように感じられ、菊之助とういう役者の大きさがどんどん大きくなっていくのを目の当たりしました。
殺しの場面は、最近では前列から二〜三列目までの観客にビニールシートを配り、油の量をたっぷりと使って水かぶりになるようなエンターテイメントと化した舞台が多くなっています。しかし、今回はエンターテイメント性は排除し、演技を重視した、とても良い舞台でした。油まみれの立ち回りでは、菊之助と七之助の転び方は「人形浄瑠璃」の演出に近いような動きです。
圧巻は、殺しの後の幕切れの花道の引込みでした。夜も明け始め明るさが差し込んできた舞台。ただならぬ気配に犬の遠吠えがあちこちから聞こえます。狂気から醒めてきた与兵衛は、自分の犯した罪と犬の遠吠えに怯え、足は震え、身体を震わせながら花道を去ってゆきます。余韻の残る素晴らしい舞台でした。
今回の『女殺油地獄』は、物語性を重視した演出で奇をてらったものをそぎ落とした重厚な出来映えで、「花形歌舞伎」の域を超えているように思われます。歌舞伎の原点に立ち返った、素晴らしい舞台でした。
四月花形歌舞伎 明治座 昼の部
一 芦屋道満大内鑑 葛の葉
二 末広がり
三 女殺油地獄