仁左衛門の管丞相

三月の歌舞伎座は、丸本歌舞伎三大名作の一つ「菅原伝授手習鑑」の通し狂言です。
菅原道真が左大臣藤原時平の計略により九州太宰府へ流罪となった事件を、三人の作者が、三組の親子の分かれを織り交ぜながら描いた長編物語で、観る側も気力・体力を充実させて挑まなければならない大作です。
丸本歌舞伎とは、文楽の作品を歌舞伎へ移したもので、現在の歌舞伎時代物の中心をなしている作品群のことです。
文楽では、昨年の4月、太夫「竹本住太夫さん」の引退公演で通しを経験しています。文楽の通しは、歌舞伎より長く朝10時半から午後9時まで、数回の幕間を挟んで10時間越え。クタクタになった覚えがあります。
そのお陰もあってか、今回の通しはすんなり物語に入っていくことが出来ました。
今回の通しは、前半昼の部が片岡仁左衛門を中心とした円熟の役者達によるもので、後半夜の部が次世代を担う花形役者が大役を初役で担うという面白い趣向になっています。
前半の見所はなんといっても、菅丞相(菅原道真)を演じる仁左衛門の役者ぶりに尽きます。
動きも少なく、台詞も少ない役柄ですが、そこは菅原道真です。人格、品格供に優れ最後は太宰府天満宮で神様になる人を演じる訳ですから、出て来ただけで発せられるオーラがなくてはなりません。この人のためならと命もかえりみず三組の親子が奮闘する長編物語を支えるには、格調高い押し出しがとても重要で、歌舞伎屈指の難しい役どころです。
当代の仁左衛門は、内から滲み出る品格を持ち、正に管丞相が当たり役。この人なくしては二幕目「筆法伝授」と三幕目「道明寺」は成り立ちません。この二幕があってこそ最後の幕の「寺子屋」が生きてきます。
歌舞伎もバレエも芝居も、気品のある役というものが一番難しいと思います。
仁左衛門を支える周りはベテラン揃いで、それぞれ持ち味を生かした任にあった役どころです。若手の中では、梅枝が光っていました。華やかさはありませんが、声もよく、女房役にはうってつけです。さすが、時蔵の長男といった感じで、いい芸風を受け継いでいます。
愛之助の奴宅内も面白かったです。こういう悪役で意地悪だけどコミカルで憎めない役どころは團蔵がずば抜けて巧いですが、愛之助も初役とはいえなかなか面白かったです。もう少しテンポがいいともっと面白いと思うんですけど、こういう役も出来るだんと思いました。これからが楽しみです。
壱太郎の苅屋姫は、どうもいけません。相変わらず哀しみを表す演技が下手で、内面の気持ちの作りがないので演技にも繋がってこないのだと思います。女方でこれからも行くのなら、大事な時期なのでベテランの指導に期待したいと思いました。
前半の素晴らしい舞台が、後半にどう繋がっていくか。夜の部が楽しみです。
三月大歌舞伎 歌舞伎座 昼の部
通し狂言「菅原伝授手習鑑」
序幕 加茂堤
二幕目 筆法伝授
三幕目 道明寺