染五郎、弁慶デビュー!
歌舞伎座 吉例顔見世大歌舞伎は、初世松本白鸚の三十三回忌追善公演でもあります。
今月の目玉は何といっても、満を持して市川染五郎が挑む『勧進帳』初役の弁慶です。
染五郎の弁慶 特別ポスター

『勧進帳』の弁慶は、白鸚の父七世幸四郎が約千六百回、当代幸四郎も千百回演じている、高麗屋代々の当たり役です。染五郎には、役柄が任に合わないと周りからも言われきたようですが、本人はこの役をやることが夢だったそうです。その弁慶役の染五郎を支えるのは、富樫左衛門を父・松本幸四郎、太刀持ちを長男・松本金太郎、源義経を叔父・中村吉右衛門という一門で固めています。果たしてその出来映えは・・・。
初役で挑む初日の舞台は、それでなくても緊張します。ましてや「弁慶」という大役となればなおのこと。会場もピーンと張りつめた空気。打ち出しの鳴り物が始まる。いやが上にも増す緊張感。なかなか幕が上がらない。おや?と思い始める観客。張りつめた空気が、どよめきに変わり始めた時、するするすると幕が引かれ、大向こうから「高麗屋!高麗屋!」という掛け声が四方八方から降り注ぐ。観客のもの凄い拍手の中、富樫の幸四郎の出に続き、太刀持ちの金太郎が続きます。金太郎にも「豆高麗!」の掛け声が。花道には義経吉右衛門他四天王が出揃い、いよいよ染五郎弁慶の出。出の前から会場が沸き立ちます。割れんばかりの拍手と掛け声。新歌舞伎座開場後、最大の拍手をもって迎えられました。
いつもとは違う染五郎。弁慶に成るために、全身全霊を打ち込んだことが伺われます。全身に漲るエネルギー、激しい思いがひしひしと伝わり、観ている者の魂を揺さぶる気迫がありました。高麗屋を背負う者として、歌舞伎役者として大役を勤められる喜び、重圧、不安と全力で闘う姿。染五郎が一皮むける瞬間を目撃したような気がします。
何か、ひとりの役者の歴史的一歩に立ち会ったような、充実した幸せな時間を共有したような思いがします。
弁慶役の染五郎を支えた幸四郎の富樫は、気持ちが入り過ぎて幸四郎が弁慶をやっているような迫力がありました(笑)。
吉右衛門の義経は、通常の義経と全く異なる雰囲気と存在感があり、吉右衛門自身の工夫と思いの強さが伝わってきました。
第一歩を踏み出した染五郎の弁慶は、千回を超える父や曾祖父と比べるべくもありませんが、これからまた新しい弁慶が生み出されていく楽しみを与えてくれます。当代の弁慶役者は、海老蔵、幸四郎、吉右衛門、松緑と多士済々です。それぞれに持ち味があり違った弁慶を魅せてくれます。また一人弁慶役者が誕生しました。染五郎らしい大きな弁慶に育っていってくれるように応援したいと思います。
思い出に残る舞台を堪能でき、染五郎がこれから何回弁慶をやっていくのか。楽しみがまた一つ増えました。

「木挽町広場に展示されている弁慶の小道具」
吉例顔見世大歌舞伎 歌舞伎座 夜の部
(初世 松本白鳳三十三回忌追善)
一 御存鈴ヶ森
二 勧進帳
三 義経千本桜 すし屋
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